富士桜カントリー倶楽部物語
技量と見識を併せ持つゴルファーにとって、胸躍るようなステージは、実はそう多くはない。
富士桜カントリー倶楽部物語
名門ではない。一流でありたいと思う。富士桜カントリー倶楽部は“世界基準”のコースを目指す。
 ゴルフコースの良しあしを決定するのは、まずはコースセッティングではないでしょうか? 単に距離があってタフなコースというのでは飽きてしまいます。自分の持つ知略を尽くしてコースと対峙する。ゴルファーにとっての醍醐味がここにあります。エキスパートだけがわかるものではありません。技量レベルによってそれぞれが感じる面白さがあるのです。

 2009年の『フジサンケイクラシック』に臨んだ片山晋呉プロは、報道陣の取材に対し「富士桜は技術がなければ攻略できないフェアなコース」と語っている。私たちにとっては最高の賛辞として受け止めています。見た目にも狭くないフェアウェイだが、富士山からの自然のアンジュレーションによって微妙に傾斜を含んでいる。ましてやいったん林に入れると相応のペナルティを覚悟しなくてはならない。
 なによりグリーンは、ニューベント「A2」を使用しているため、プロをも悩ます高速グリーンを可能にしました。この「A2」は、あの「オーガスタナショナル」と同じという噂もあり、芝の幅が狭く密度が濃いため、低く刈り込むことが可能なのです。ちなみにフェアウェイには、グリーンでも使われるニューベント「L93」を使用しているため“じゅうたんのような”と形容されています。

 昨年の男子プロゴルフ賞金王・石川遼は、あるインタビューで、2009年一番厳しかったコースの一つとしてあげたのが私ども、富士桜カントリー倶楽部の5番ホールでした。
→石川遼の“師”となった難コースたち。今季最も厳しかったホール、ベスト3!
http://number.bunshun.jp/articles/-/14570
 だからこそ、プレイヤーはその持てる力のすべてをそこにぶつけ、その結果として、奇跡とも思える名ショットや名勝負が生まれてくるのではないでしょうか。女子プロトーナメント『フジサンケイレディスクラシック』から男子プロトーナメント『フジサンケイクラシック』へ、そこで生まれた数々の名勝負もこうしたプレイヤーたちの富士桜カントリー倶楽部への挑戦によって生まれてきました。
 プロゴルファーだけでなく、すべてのゴルファーにとって挑戦しがいのあるコースであること。そしてゴルフの持っている戦略性やゲーム性の楽しさを、思う存分味わっていただくこと。そのために最高の舞台を整えること。それこそが富士桜カントリー倶楽部が目指す“世界基準”のゴルフコースの姿なのです。
標高1000メートル、富士山のふもと、雄大な富士をバックに、自然に群生する赤松やカラマツなどでセパレートされた美しいコースレイアウト
富士桜カントリー倶楽部物語
 当倶楽部は昭和50年(1975年)10月に富士観光開発株式会社のゴルフ部門・富士レイクサイドカントリー倶楽部に次ぐ2つ目のゴルフ場として開業しました。昭和48年に着工、芝張りから2年間の歳月をかけ、満を持してベストコンディションで開業いたしました。会員からも待ち遠しいオープンとなりました。
 総面積は108万u(32万坪)。各ホールは、富士山の麓、自然に群生する赤松やカラマツなどでセパレートされ、富士桜高原の名に由来する可憐な富士桜(山梨の県花)2万本余りが咲き誇る格別な春を迎えます。また標高1000メートルの高地にあるため、夏も快適にゴルフを楽しめ、また秋はコースから見下ろす河口湖周辺の紅葉も美しく、3シーズン通じて、富士山の雄大な景色と自然をご堪能いただきながらのプレイをお楽しみいただけます。
 この一帯は当社事業の発祥地としての姉妹コース・富士レイクサイドカントリー倶楽部と富士桜高原別荘地があり、周辺には数々の直営施設を始め、魅力あるレジャー施設が富士山麓に点在する一大リゾート地となっています。
 1996年に第14回『フジサンケイレディスクラシック』を開催以来、2003年の第22回大会まで重ねること8回。以後、さらなる極みを目指しコースの大幅なリニューアルを経て、日本最長クラスのコースして、2005年より『フジサンケイクラシック』を開催、日本屈指のトーナメントコースとして成長いたしました。
 富士を愛し、ゴルフと倶楽部ライフを愛る人のための歴史を富士桜カントリー倶楽部は確実に歩み続けています。
富士桜カントリー倶楽部物語